2012年1月29日 (日)

野の遺賢

かねてお会いしたかった先輩の家を訪ねた。

銘酒と見事な和のコースと充実した話を堪能して、2時間ほどのこころ積りが、気がついたら4時間も居続けで、恐縮した。しかも料理はすべて夫人の手作り、結局その日は夕食を抜いてちょうどよかった。

先輩はすでに75歳だが、生涯の大部分を証券会社で過ごした。仲間は激務のせいだろう、半分以上は亡くなっているいるそうだ。彼は晩年を読書にすごしているが、これが本格的で何冊かを並行して読んでいるが、今は資本論を80%読見終えたとのことで、「高名なエコノミストでも実際に資本論を読んだ人は意外に少ない」と断言していた。

中西輝政氏を評価し、小沢一郎批判では意気投合、彼の視野の広さ、読書の原典主義など、こんな田舎にもすごい人がいたのかと感銘を受けた。

これから読むべき本を推薦してもらう約束をとりつけて帰宅。

老年にいたって友人を得る楽しみを発見した。

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2012年1月27日 (金)

光市母子殺人事件

光市母子殺人事件が最高裁へ持ち込まれたとの報道があった。

この事件には強い興味を持っていたので、はたしてどのような判決が出るか、かたずをのんで見守っている。

この事件の犯人の残忍さは野獣にも勝るもので、まったく弁護の余地すらないと思うのだが、弁護団は張り切っていて、いっこうに諦めない。

事件の詳細を書かなければ批評もできないのだが、あまりに残虐な内容に対して、自分の気持ちが耐えられないような気がして(遺族の気持はそんな生易しいものではないから、安易に耐えられないなどと書けないのだが)、書くことをためらう。

死刑以外に選択肢はない。

というのが私の考えである。

この話を、たまたま食事をともにした友人夫婦にしたら

「死刑のような残酷な制度を擁護するなんて、Kさんらしくない」といなされてしまった。

死刑が残酷なら、もっと残酷に殺された被害者はどうなる?

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2012年1月25日 (水)

今年の富士山は雪がないと思っていたら、この2.3日ですっかり白くなった。晴れた空に真っ白な富士が遠望できる冬は素敵だ。

富士まで行かなくても案外近い山にも雪が降って珍しい風景である。平地にはさすがに降らなかった。もし積もったらたちまち各所で自動車事故が起こって、交通は大混乱するに違いない。何しろ雪が珍しくて、うちの子の幼稚園のときには、バスで富士急遊園地へ雪見に行くのが、目玉行事だった。

青森出身の人の話はこうだった。

「毎朝、前の道を雪をどけるのが嫌で嫌で!隣の家までが距離があったので、何十メートルも雪かきをしなければならず、おやじに文句を言うと、それが隣同士に住む者のエチケットだと一括された」

きれいだな、と騒いでいては申し訳ないが、雪景色は、やはり珍しく、美しい。

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2012年1月23日 (月)

とろろ蕎麦

まりこの里の一番奥、道が細くなって、もうこれから先へは、歩きしかないという渓流のわきに

小さなとろろ蕎麦を食べさせる店があった。

ひさしぶりに訪ねてみたら、廃屋になっていた。渓流をまたぐ橋は赤錆だらけ、駐車場には雑草が生い茂り、家屋には蔦やつるが這い回って、ガラスは割れたまま、今にも崩れそうに傾いた家は無残だった。

少なくとも1年や2年で荒れた様子ではない。もう何年もほったらかしになっていたのだ。

「亭主が死んだのかな?跡継ぎには奥さんと娘さんがいたはずだが・・・」といろいろ思いながら元来た道を下った。

時間は昼を少し過ぎたところだが、両側の山が迫っているので、くねった道にはところどころ山が日を遮っている。2時ともなればもう日は射さない。幾分開けた場所に畑が作ってあるが、トタン板で囲い、その外側に電気線が3段に張られてある。野菜やイモ類はイノシシに食べられるからだ。小川は干上がって一滴の水も流れていない。

陽光燦々と降り注ぐ静岡の冬だが、乾いた感傷にかられた。

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2012年1月20日 (金)

中国のリーマン

中国経済が軟着陸を狙って、政府は必至のようだ。

いうまでもなく、溜まりに溜まったドルが人民元の洪水を引き起こし、株では市場規模が小さいので、不動産へ向かった。土地は国有だから、不動産と言えば空中権の売買、つまりマンションである。

本当の住宅難から来ている需要と、投機のためのマンションとが相乗効果を生んで、途方もない値上がりを起こした。上海のマンションは東京の値段と変わらないのだ!

問題は投機目的で無意味に建築した住宅で、実需などないから、ここが爆ぜる。

しぼんでくれればいいが、爆ぜたらリーマンショックと同じことが起こるだろう。その時期は来年だというのはQ氏である。

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2012年1月18日 (水)

うなぎの骨

昨夜、冷凍のかば焼き(竹串のタイプ)を温めて食べて、喉に骨が刺さってしまった。

一晩中チクチクと傷むが、鏡でみても奥深くで見えない。ご飯を丸のみしたり、パンの塊を飲み込んだり試したが、やはり効果なし。

今朝一番で8時半開始の耳鼻科医へ8時前に飛び込んだ。

鼻から光ファイバーを差し込んで「あった。あった」と先生。

「今度はもっと太いのを入れますから、我慢してくださいね」とつまむ器具をいれたが、

なかなかチャッチできず

「少し休憩しましょう」と時間をおいてから再度TRY

またダメだった。

結局4回目、鼻の穴へ麻酔を2回つぎ込んだあげくにようやく取れた。

目の前にもてきて「これです」と見せてくれた。ファイバーの先端にある骨は5ミリか6ミリ、

心細いほど小さくて、がっかりした気持、もっと大きな奴が悪さをしていたと期待していたのが

外れてしまった。実感としては割り箸のサイズは無理としても、つまようじくらいの存在感は示してほしかった。

処治療は国保で1万円、それだけ時間も手間もかかったわけだ。

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2012年1月10日 (火)

技能が大事

知識より技能    

大卒の就職率が60%、今年は震災の影響に世界同時不況が重なって、就職は氷河期と言われるほど寒々しいようだ。ところが、この傾向は日本だけでなく、欧米先進国に共通した現象と言われて、アメリカでデモっている学生はローンを組んで大学を出ても就職もできないと叫んでいる。中国でも毎年数百万の就職できない学卒が生まれている。社会の需要と学校が送り出す供給のバランスが狂っていて、学生数が多すぎるのである。

 

今から20年以上前、いわゆるバブル期の就職事情は夢のような売り手市場だった。アプローチは会社の方からあって、簡単な面接ですぐに「内定」、その後は他所の会社へ目移りしないようにと豪華な食事会やリゾートホテルでの接待などで囲い込んだ。極端な例は新入社員全員に新車を支給した会社があった。超一流の会社でも内定した学生が本当に入社してくれるかどうか心配していた。地元のS銀行でも入社式に何人欠席(黙って入社拒否してしまう)するかが心配で、人事部長は胃の痛い思いをしていた(直接聞いた話)。また、有名な会社へせっかく入ってもじきに辞めてしまう者も多かった。「ここでは自分の個性が生かせない」と。今の学生には信じられないだろうが、事実である。

 

友人の孫が都内の有名経済学部へ入ったが、すぐに会計の専門学校へも通い始めたそうだ。賢明な姿勢だろう。理由は明らかで、知識は大した売りにならないが簿記などの技能は確実にメシの種になるからだ。その孫が簿記1級でも取ってしまえば、必ずどこでも認められる。知識だけなら大多数の人はTVや新聞を見て、偉い評論家や学者と同じ知見を備えている。こういう時代に「同じような」知識では差別化ができない。だが、技能は体で覚えているもので、ほかの人とは違う特別の能力だ。生存競争の武器として最も有力である。これと比べれば、もはや学歴は大した武器にはなっていない。

学歴は決して無用ではないが、それほど有用ではないことは確かである。本当の実力を持った人だけが優遇されるとすれば、普段からこつこつと努力する以外に、どんな方法も存在しない。

 

学歴=実力 という等式ではなく

努力→実力=社会で評価される存在 という式で、この式にはもう一つ付帯式があって

実力=知識+技能+向上心

となる。

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