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2008年9月29日 (月)

陶板美術館 2

すっかり首を痛くした私は、思わずうなだれて背を丸めて床を見ていた。前にはキリストの大肖像画がかぶさっているから、その姿はきっと敬虔な信者に見えたに違いない。

26番のアレキサンダー大王とダリウス大王の戦闘場面のモザイクは見事だった。馬の毛先まで細かな石片で描ききった緻密な作業を想像すると、気が遠くなるほどである。しかもこれを写真撮影してから陶板に写した苦労も並大抵ではないだろう。

というのは、私もかつて仕事でタイルを扱ったので、タイルを焼く工場へ検査に行ったのである。その時に知った技術上の問題はほとんど解決不可能と思われた。

まず、タイルというものは焼成すると粘土の水分が逃げてゆく過程で、サイズが10%ほど縮まるのである。だから、仮に20cmのタイルを作ろうとしたら、22cmくらいで作らなければならない。しかし、正確に10%というのでなく、個体誤差があるので、「だいたい」でやってみるしかない。

次に、高温で焼くから、反りやひねりが発生する。反り返ったものは不良品として除外するのは当然である。

3に、焼く前と、焼いた後では色が違ってくる。求める色と事前に色づけしたものとは、まるで違う事もしばしばある。

4に焼いているうちに割れてしまったり、エッジが融けてしまうこともある。冷えてゆく過程で欠けることもある。

これほど難儀な仕事を、巨大な薄い陶板で成し遂げた技術の凄さには感心したのである。

見ることができなかった残り70%の作品を、是非また見に行きたいと思っている。

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2008年9月20日 (土)

陶板美術館 (1)

陶板美術館 (1

 9月の連休を利用して、かねてから一度行きたいと思っていた美術館へ行ってきた。やや不便なところだが、期待に背かぬ見事なものだった。

 全展示品1000余点のうち、朝から見て回って、見終わったものが約300点、既に疲労困憊して残りを見ることを放棄して帰ってきた。しかし、余韻が残るほどの満足感に満たされて汽車に乗ったのだった。

 ルーブル、ヴァチカン、アムステルダム、ナポリ、ミュンヘン、プラドなど250の美術館で写真撮影してきたものを、特殊塗料を塗布した陶板の上に転写して、スケールは厳格に原寸大にまとめたものだから、まさに「本物ズバリ」で見ることができるのである。

 肌の色や、涙など、衣服のひだなどもリアルで、つい触ってみたくなる。すると、説明の学芸員は「どうぞ、触ってくれていいですよ」という。

カンバスに絵の具では絶対に許されないが、陶板に焼き付けてあるから、平気だそうだ。

 しかも、聖堂の絵は現地の聖堂をそっくりそのまま移したようなサイズで復元してあるので、天井は馬鹿高く、ひそかな声もこだまして靴音もはばかられるほどである。

 入場して最初に見たのは、システィーナ礼拝堂で、ミケランジェロの絵が圧倒的な規模で覆いかぶさってくる。20分も上をみてため息をついていると、首が痛くなって思わずうなだれてしまった。

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2008年9月17日 (水)

記録と歴史

友人からの素敵なメールを紹介します。

自然の「息吹き」とはこういうことかと感じ入った次第。

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私の好きな言葉の一つに、

Live as if you were to die tomorrow.  Learn as if you were to live forever.

という文言があります。

いのちはいつ終わるかわからない。「明日死んでもよいように生きよ」・・・その日その日を精一杯生きよということで、これはよく言われることですが、後半の「永遠に生きるつもりで学べ」というのは、個人的にとても深い言葉だと思っています。

以前、NHK総合テレビで 「アラスカ 星のような物語~写真家 星野道夫 はるかなる大地~」というスペシャル番組が放送されていたのですが、アラスカ内部に、何万年と暮らし続けてきたインディアンの人々のお話です・・・

彼らの文化は、ピラミッドや神殿などの歴史的遺産は何も残さなかったのです・・・。

しかし、ひとつだけ残したものがありました・・・。

それは、太古の昔と何も変わらない、彼らの暮らしを取り囲む森でした・・・

その中で紹介されたのが、アラスカに18年間住み続け、惜しくも43歳で亡くなられた星野道夫さんの写真と文章でした・・・

彼がテレビ番組取材中に、ヒグマに襲われて亡くなられたとき、池澤夏樹という人が「週刊朝日」にこんな言葉を寄せていました・・・

途中で星野道夫さんの著作「長い旅の途上」の言葉にめぐり合った。

<いつか友人が、この土地の暮らしについてこんなふうに言っていた。"寒さが人の気持ちを暖かくさせる。遠くはなれていることが、人と人を近づけるのだ"と>

神秘的なオーロラと氷河、そしてクマやクジラ、オオカミなど、まさに野生の息遣いが伝わってくる映像、星空から降り注ぐような星野さんの珠玉の言葉。それらが私たちを悠久の時へと誘い、今を生きる力を与えてくれるおもいでした。

そして彼が口にしたという言葉も・・・

<私たちをとりまく大気は、太古の昔からの、無数の生き物たちが吐く息を含んでいるからだ。その吐く息とは、"言葉"に置きかえてもよいだろう。風につつまれた時、それは古い物語がどこからか吹いてきたのだという>

 朝、歩いている時に、風につつまれたら、「ああ、この風には死んだ父の息がふくまれているのだ。星野道夫の語った言葉もふくまれているのだ」と・・・

そのように感じることも出来そうなきがしたものです。気がついたら、私ももうこの年です

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2008年9月 8日 (月)

私の好きな日本人17について

雑誌「プレジデント」に石原慎太郎氏の連載「私の好きな日本人」がある。

今回は小林秀雄の前篇だが、とにかく面白い。

 もうじき80歳台に入る作者の年齢を考えると、これほどの年でこれだけ瑞々しい文章を書くということに感心する。

 若くして有名人の仲間入りをしてから、贅沢なほどの人脈に恵まれた慎太郎氏が、やはり群を抜いた感性や知性を備えた、傑出した存在だったことがよくわかる。

 昨今の都政では銀行に追加出資を強行したり、さんざん批判していた北京オリンピックにやむなく出席したり、晩節を心配せざるを得ないと感じているが、氏の文章の魅力には引き込まれる。

 天才的な感性と直感を自認他認していた小林秀雄と白洲次郎、ストラッド・フォード伯爵らとの会食でウイスキーの味を論じた部分は、おかしくて高笑いしてしまった。

 慎太郎氏は「この挿話は小林さんの直感の度合いをどう証するものだろうか」と結んでいるが、きつーい一言である。

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2008年9月 4日 (木)

シャガール展

箱根にあるポーラ美術館へ、シャガール展を見に行ってきた。

おなじみのデフォルメにやや幻想的な心象風景が底地になっていて、不思議な印象のものが多かった。

ただ、色の使い方、鮮やかさは、やはり現物でしか分からない(印刷では迫力が違う)なと納得し、わざわざ出かけたかいがあったと思った。

館内の入場者は中年の女性が圧倒的に多く、ゆとりをエンジョイしている層はこの人たちだと実感した。

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