野宗氏のブログで、最近感じていたマスコミの行動の違和感を述べたものがあったので転載。
さる3月13日、わが国の宰相(総理大臣・首相)である麻生さんから総理番の
女性記者8人に、先日のバレンタインデーに贈られたチョコレートのお返しとして、
ICレコーダと手紙が贈られました。
◆ “麻生総理の手紙”
過日 バレンタインデーには 御心ずかいを戴き恐縮でした
心温まる御声援を受けて 景氣対策に全力を傾けて 氣張りますので
引続きの御支援を御願いします
内閣総理大臣 麻 生 太 郎
これは記者あての個人の手紙ですから、本来は公開されるべきものではない
のですが、この内の誰かがオープンにし、それが一部の新聞やTVで、次のように
報道されたのです。
■ 麻生首相の無知が久々に炸裂!「ずかい」
麻生太郎首相が、「言葉の問題」で久しぶりにミソをつけた。
13日、バレンタインデーのお返しとして女性番記者へ渡した直筆の手紙に、
「御心ずかい」という一文があった。「ずかい」ではなく「づか(遣)い」が正解。
日ごろ、麻生氏の漢字間違いをチェックしているだけに、すぐに「間違いだ」
「心遣いと漢字で書けなかったのか」と、話題になった。
麻生氏は贈呈の際、ホワイトデーにちなんで白いICレコーダーも添えられた。
一言一句を厳しくチェックする「武器」を贈られた番記者の発言チェックには、
今後さらに熱が入りそうだ。
(2009/3/14 日刊スポーツ抜粋)
TVでも、「日本テレビ」や「フジテレビ」が強烈な場面を作り上げ、「またまた総理
が漢字の間違い」などと大々的に報道。キャスターやコメンテーターが≪嘲笑≫する
始末でした。たまたまわたしもテレビでこの目で見ましたから間違いはありません。
さあ、みなさん、麻生総理を嘲笑するマスコミは正しいのでしょうか、あるいは
間違っているのでしょうか。インターネットの世界では、「マスコミ」が槍玉にあがって
おり、いわゆるお祭り状態となっています。
わたしは次のように考えます。
① 麻生総理からの手紙を公開、リークするのは、礼を失するのではないでしょうか。
普通は他人に見せたりしないのがマナー、エチケットであり、常識というもので
しょう。新聞記者の一部にはそれさえも持ち合わせていない哀れむべき人が
いることがよくわかりました。これは、人材論<人財・人材・人罪の3分類法>
から言えば、“人罪”にあたります。
② お礼状に対して、こんな類の記事を書くマスコミがいるとは、まさに驚きを通り
越して怒りさえ覚えます。マスコミは社会の公器としての機能を果すべきですが、
まことに情けなく、これは、日本の恥。いや、世界の、人類の恥だと思います。
傲慢、下衆の代表的見本と言えるでしょう。
③ 麻生総理は、お礼状として、草書体の直筆だったのですから、すこぶる心が
こもっています。こういうものには文字の間違いなどの詮索はしないものであり、
フーテンの寅さんではありませんが、“それを言っちゃあおしまいよ”。こんな
指摘などをするから、世間から手書きの手紙が激減し、無機質なワープロ型
定型文やお礼状文例集のようなものばかりになっていくのではないでしょうか。
④ 明治の文豪・夏目漱石でさえ、文字間違い、当て字など数多くあるではない
ですか。たとえ、麻生総理にあったとしても、あまり目くじらを立てなくてもよい
のでは。
⑤ 今や、マスコミはネット世界から次のように表現されています。今回の例など
を見るにつけ、真実の一端を適切に表現していると感心させられます。
マスコミ ⇒ マスゴミ ⇒ ゲスゴミ
⑥ 「日本テレビ」と「フジテレビ」が、この日刊スポーツの馬鹿な記事を見て、
手紙の画像を大写しにして、キャスターやコメンテーターたちが、麻生総理
の「心ずかい」が間違いであり、「心づかい」が正解であると、鬼の首でもとった
ように大はしゃぎし、総理をおちょくり、嘲笑し、蔑み、大笑いしたのです。
わが国の総理に対して…いったい何様のつもりですか。品性のかけらもない
こと明瞭です。
⑦ ところが、どっこい。あにはからんや、間違っていたのは、なんとマスコミ(ネット
ではマスゴミと蔑称)だったのです。すなわち日刊スポーツ(朝日新聞子会社)、
日本テレビ、フジテレビが完全に間違っていたのです。まず辞書をよ~く見て
ください。
広辞苑
昭和30年 第1版 「こころずかい」
昭和44年 第2版 「こころずかい」
昭和51年 第2版補訂版 「こころず(づ)かい」
なんともはや! 要するに、少し前の辞書には「こころずかい」とあり、昔風の
送り仮名はこれでよかったということですから、総理の無知を嘲笑しようとした
下衆な目論見ははずれ、逆に、自分の無知をさらけ出したわけです。まったく、
下手な落語にも、漫才にもならず。まさに、“マスコミの正体見たり枯れ尾花”
…の枯れ尾花(枯れすすき)にもなれないほどのおそまつさです。
テレビの司会者、キャスター、コメンテーター、新聞記者は、自分が発する
用語の正確さを期するためには、自らを権威づけるために、広辞苑のような
権威ある辞書を引くでしょうに、それさえ引いていないという、およそ教養ある
行為から遠く離れた存在であることを証明しました。他人の言葉をあげつらい、
非難し、その人格、人間性をも否定しようとするならば、それなりの事前確認
くらい行うのは当然ではありませんか。
⑧ これほど恥ずかしいことはないと思われるのですが、かれらは全く意に介せず、
お詫びの気持ちは寸毫もありません。書きっぱなし、放映しっぱなしで、お詫
び訂正さえ行わないのですから、まさに、かれらこそ人間性を欠いた唾棄す
べき存在と言っても言いすぎではないのではないでしょうか。
名誉のために言っておきますが、すべてのマスコミが駄目というわけではありま
せんが、有力なマスコミがこの体たらくだということだけは、認識しておかねばなり
ません。特に「NHK」を含むTVはその傾向著しく、「TBS」や「テレビ朝日」は、これ
以上に輪をかけて問題があり、また風評を煽りに煽るという特異な体質を有して
いることだけは、肝に銘ずべきでしょう。
まことに残念ながら、テレビ人は、昔、大宅壮一が言った“一億総白痴化”の道を
着々と推進していることを、あらためて認識しなければなりません。
それにしても、マスコミは下衆ですね。因みに「げす」を辞書で引いてみました。
げす(下種・下衆・下司)
① 心根の卑しいこと。下劣なこと。また、そのようなさまや人。
「――な根性は持つな」
② 身分の低い者
(大辞泉)
下衆は下品。まさか、マスコミがここまでだったとは。立法、行政、司法に次する
第4の権力と言われるマスコミですが、実際は、ある意味では、第1の権力である
とも考えられ、それなりの特権を与えられています。であるとすれば、もっと謙虚に、
誠実に、一層教養を深め、その上で真実を極めていく姿勢を持つべきであり、
タイトルに書いた、傲慢・下衆・無知を払いのけていただきたいものです。
マスコミが、“真の日本人”としての立場を踏まえ“真のマスメディア”になることを
期待します。