昨夜はフィンランド映画を、立て続けに2本見てしまった。
2002年にカンヌで優秀賞をもらったものが最初に見た奴で、次のは同工異曲、あらすじも似たり寄ったりだった。何でもこの監督の3部作として有名な映画らしい。
フィンランドの「落ちこぼれ」というか、翻訳では「負け犬」とされていた主人公は、警備員であったり、溶接工であったりするのだが、興味深かったのは解雇の条件が大変労働者に厳しく、いとも簡単にクビにされて、その日から路頭に迷う姿だった。アメリカ映画を見ているのかと錯覚するような社会背景は、主人公を黒人労働者に置き換えても違和感を感じないような、差別と貧困をうかがわせた。
最近北欧の高度に発達した社会福祉が紹介されて、先般も同友会のゼミでもとりあげたばかりである。福祉国家が真の民主主義を育てるという北欧型民主主義の優れたモデルがフィンランドやスエーデンだった。これはアメリカの民主主義と違う価値観を提供していた。
ところが、この映画(1本は2006年の制作)に見えている、フィンランド民主主義はずいぶん暗い過酷な社会を写し出しているのだ。福祉の充実という点では、主人公が「宿泊所」なる安宿風の施設で暮らす(たぶん公的な施設なのだろう)場面や、いろんな場面で出くわすボスの多くが女性(これが実にたくましくもふてぶてしいのだが)だったりするところを見ると、本に紹介されている、女性の進出とか福祉のセーフティネットなるものも、確かに存在すると思った。しかし、学歴も技術もなさそうな主人公のような社会的弱者に対する風の冷たさが、これでもかというように表現されてくると、やはり、考えてしまう。
おかしかったのは、主人公が旅行中にとる食事に「すし」と「酒」が出てくる場面だった。日露戦争でロシアを負かした日本は、今でもフィンランドでは尊敬されているらしい。BGMで使われている曲は、ほとんどがロシア音楽、ここでもやっかいで強大な隣人と暮らさざるを得ないフォンランドの側面を見ることができる。
出演者には、いわゆる美男美女はいない。普通のおっさんとおばさんだけである。リアリズムの良さとつまらなさが同居していた。