2006年9月13日 (水)

育英会奨学金

 大学生活は、日本育英会の特別奨学金を貰って過ごした。下宿代が朝晩2食ついて6000円の頃、月に7500円で、3年生になるころ、奨学金は11000円に増額された。あまりアルバイトもせずに済んだのはこのお陰だが、その時間分勉強したかと言うと、楽をして怠けていた。

 「特別」の名が泣くばかりである。

 返済の負担は少なくなった。

何しろ高度経済成長を遂げている時代、物価はどんどん上がり続けて、貨幣価値は下がり続けた。学生時代に借りた総額数十万円は、何分の一かになっていたが、公的な資金の建前で、インフレ分は加算されなかったから、そのインフレ分は貰ったようなものである。時代の痛苦もあったかわりに恩恵にもあずかったのである。

 ただ、その当時でさえ、返済が少なく、育英会の通信には、決まって「確実な返済があって、後輩達に支給出来ます」とあって、返済率を掲示していた。成績も人格も優秀と看做された人々も、社会に出るとなかなか、いろんな事情ができてくるようだ。

 私的な奨学金を始めるときに、まっさきに考えたのは、返済を迫ったり迫られたりして時間や経費をロスして、しかもお互いに不愉快な思いを残すのは止めようと言う点だった。お金は人間関係を作りもするが、破壊もする。概して言えば、破壊のほうが多い。そんなことなら、初めから貸借でない方が良いと思った。

 このようにして、我がフェローシップは「贈与」型でスタートした。

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軽すぎる刑

このところ、次々と報道される残虐な事件について、裁判所が下す刑の軽さに疑問を持たざるを得ない。

無差別殺人事件や、リンチ殺人、尊属殺など、これ以上思い犯罪はなかろうと思われる事件の判決の軽さには、何で?と言う気持ちになる。実際に服役する期間は、何やかや軽減措置があって、随分早く出所しているのが実態のようだ。先日の新聞では、無期懲役でも実際には8年もすれば社会へ戻ると書いてあった。

 一方、死刑廃止論もなかなか勢力があって、その理由の主なものは「死刑は残酷だから」である。では、残酷に殺された被害者はどうなるのか?と言う反問には返答できない理屈だと思うのだが。今の時代に「眼には眼を、歯には歯を」と言うのは時代遅れだろうか?

小学生を犯して殺した外国人は「あの時、悪魔が私に乗り移った」と自分のせいではないと主張している。犯罪者にとって有利なのは、「犯罪能力がなかった」と言い立てることで、乱暴な議論を承知で言えば、精神に異常をきたしていたことになれば罪に問われないことである。狂人のふりをして刑を逃れるとも言える。

この世から犯罪をなくすには、全ての罪に対して死刑を適用すれば良いという極論もある。千円札を拾ってネコババしても死刑、ホリエモンも村上も日銀総裁も死刑となる。交通事故で人を怪我させても死刑、駐車禁止で引っかかっても死刑である。不倫はもちろん、公序良俗違反で死刑である。

もちろんこんな極端な議論は、話の上だけのことで、実際におこなわれる訳は無い。どこかの独裁国家が似たような支配をしていても、それで犯罪がゼロになる訳ではあるまい。

だが、わが国のあまりにも軽い刑罰の実態を見ると、もう少し厳重な処罰でないと、みんな「タカ」をくくってしまう。刑の怖さが犯罪を抑制する効果も考えるべきだと思うのである。

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2006年9月 1日 (金)

老犬溝にはまる

家の老犬は15歳、最近とみに耳が遠くなった。

そうしたら、目も悪くなって、歩いていても時々足を滑らす。4本あるからこける事はないが、ヨロッとする。昨夜は前に居たのが、姿が突然消えた。深さ40cmばかりの排水溝に、見事に落ちたのである。

朝になって改めて眼を見ると、やはり濁りがあった。白内障だろう。夜の暗がりではろくに見えないのかもしれない。かわいそうになって、昨夜は家の玄関で寝かせ、とびきりの缶詰をふるまってやった。

瞬く間に平らげて、こちらを見上げる表情は、恨めしげにも見え、「こんな良いものがあったのに、いつもはくれないのか!」という感じだ。この犬の考えることは手に取るようにわかる。

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2006年8月30日 (水)

新ブログ

本日よりブログのサーバが新しくなりました。これまで通り、鎌倉フェローシップに関係のあるあれこれについて、鎌倉フェローシップに関係のないあれこれについて、つぶやき形式で綴って参りたいと思います。

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